プロフィール/
宇賀那健一 うがなけんいち
1984年4月20日生まれ。神奈川県出身。高校の頃から役者としてドラマや舞台、「着信アリfinal」や「僕の彼女はサイボーグ」「グミチョコレートパイン」などの映画に出演。青山学院大学在学中に自主映画制作団体「映爆」を立ち上げ自主映画監督デビュー。初監督作品「発狂」がアメリカの幾つかの映画祭で話題となる。「ありがとう浦島太郎」「静寂の愛」「クリスマスの夜空に」など、2010年に公開を控えた作品多数。


宇賀那健一監督インタビュー
                 インタビュー・文:平谷悦郎
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描きたいのはフリークスへの愛????

 アメリカの映画祭で高い評価を受け、石井裕也、福島拓哉ら日本の自主映画界を代表する監督からも絶賛された宇賀那健一の初監督作「発狂」。本作は元々役者として活躍していた彼が監督として新たなスタートを切った記念すべき作品でもある。
 ストーリーをかいつまんで説明すると、女幽霊が出るという噂の廃病院に肝試しにやって来た男女5人が女幽霊のみならず殺人鬼にも襲われるというもの。こう書いているとただのホラー映画のようだが、登場人物のひとりが突然サイコになるわ、女幽霊と殺人鬼がガチンコで殴り合うわ、挙げ句の果てにゾンビまで登場するわ、中盤以降の混沌ぶりが凄まじい、一筋縄ではいかない作品なのだ。
 あえてジャンル分けをするなら“ホラーコメディ”という特異なジャンルになるであろうこの処女短編で、宇賀那監督が試みた事とは一体何だったのだろうか??????

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父はゴダール、母はスプラッタが好きな家庭で育った


─宇賀那さんは元々役者として活躍されていた訳ですが、どうして映画監督もやってみようと思われたのでしょうか?

宇賀那:役者はやはり役をもらわないと仕事がないので、なかなか役を得られずに悶々とした想いを抱えている事が多かったんです。そして、自分の周りにも同じような想いを抱えた役者たちが大勢いた。「そんなフラストレーションをぶつける場所を作りたい」と思ったのが監督もやってみようと思ったきっかけですね。それと、僕自身両親の影響もあって映画が大好きでしたし。若い頃映画監督志望だった父親はゴダールや鈴木清順のファンで、母親は大のスプラッタ好きなんですよ(笑)。そういった環境で育った事も映画を撮るきっかけの一つかもしれませんね。

─映画作りはどこで学ばれたんですか?

宇賀那:完全に独学です。映画学校にも行ってません。初監督作の「発狂」の時なんか未経験だったにも関わらず、勢いでやっちゃったという感じはありますね(笑)。この作品を撮った後、石井裕也監督や福島拓哉監督の現場にスタッフとして入らせてもらったりしましたが、それ以前はスタッフとしては映画の現場に入ったことは一回もないですね。

─それは凄いですね。ところで、映画監督としての活動も始めた宇賀那さんが立ち上げた映像製作団体「映爆」というのは一体どういった団体なのでしょうか?

宇賀那:さっき話に出た、演じたくても演じられない悶々とした想いを抱えた役者たちで「何かやりたいね」という事で作った集団です。「映爆」は特に所属みたいなきっちりとしたものはなくて、「サンデー・ジャポン」のサンジャポファミリーみたいな感じで、一回手伝ってくれたら「君も映爆ファミリー(笑)」みたいな、とってもゆるい感じでやってました。映爆名義では今のところ「発狂」を含め計3作品撮影しています。


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ケータイ小説のアンチテーゼとしてのホラーコメディ


─それでは初監督作「発狂」の話に移ります。本作の企画はどういったいきさつで生まれたのでしょうか?

宇賀那:元々は「墜落イカロス」っていう別の長編映画を撮る予定だったんですよ。オーディションをして、主演の伊澤恵美子さんをはじめとしたキャストは決まっていたんですが、出演者のひとりがドラマにレギュラーで出ることになって、映画への出演が難しくなったんです。でも、どうしても「墜落イカロス」はそのメンバーでやりたかった。とはいえ、僕も皆も気持ち的に撮るテンションになっていたので、クランクインの一ヵ月前に「何か別の作品を撮る」とだけ決めたんですよ。そして、残りの一ヵ月で脚本を書き、追加のキャストやスタッフを決めていった感じですね。

─「発狂」のストーリーはどういう風に出来上がっていったのでしょうか?

宇賀那:当時(2008年)の僕は技術的なものが全然なかったので、正攻法でいっても勝負にならない。それでよくよく考えた末、前に考えたゾンビと宇宙人が闘うという話と殺人鬼が登場する三部構成の話の二つを混ぜ合わせて、一つの映画にしたら面白いんじゃないかと思い付いたんです。そして、さらにその物語に当時世間で流行っていたケータイ小説の方法論を導入してみました。

─その方法論とはどういったものですか?

宇賀那:ケータイ小説というのは、携帯電話の画面で読めるくらいの分量で観る者を飽きさせないようにしなければならないため、短い中での盛り上がりが過剰なんです。泣かせる要素を無理矢理詰め込んで何が何でも泣かせてやるって感じで、プロットを羅列しただけといったものが多かったんですね。僕はそういった短絡的な構成があまり好きではなかったので、アンチテーゼの意味も込めてその方法論だけ拝借して面白い事をやってやろうと思ったんです。それは泣かせる要素ではなく、笑いの要素を詰め込むという事でした。でも、ただ単に笑える要素を並べてもペーソスになっていくだけなので、真逆のホラー的な描写を次から次へと詰め込んで笑わせてやろうと考えたんです。恐ろしい事も度を超して起こりすぎると逆に可笑しくなってきますからね。


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大高君は自ら進んで脱いでくれました(笑)

─いじめっ子のノブ、いじめられっ子の光などという風に、登場人物達はアメリカのホラー映画によくあるようなキャラクター設定がなされていますね。これは意図的なものなのでしょうか?

宇賀那:そうですね。その方が分かりやすくホラーの世界観に引き込めますから。そこを入り口にどんどん破綻させていってホラーコメディにしようと思っていました。でも、かっちりとキャラを作り込んで臨んだという訳ではないんです。僕は何度も何度も事前に口で説明して、とりあえず役者にやらせてみるんです。そしてどんどん煽って役者からどんなものが出て来るかを見ていく。役者から出て来たものを活かして発展させていくというのが僕のやり方ですね。「発狂」の出演者達は僕のそんな演出法に乗って、役の中でのびのびと遊んでくれたと思います。

─では、登場人物のひとりが全裸になるというのもその演出法の結果ですか?(笑)

宇賀那:はい(笑)。 フルチンで逃げ回る男を演じた彼は大高雄一郎君っていうんですけど、自分からすすんで脱いじゃった感じですね(笑)。大事な部分はボカシで隠せるので、撮影中は完全に裸だった訳ではないんですけど、ところどころ角度的に下着が映ってしまう箇所では本当に全裸で演じています。大高君をはじめ、出演者の方々は面白がって色々な事をやってくれて、それが作品に活かされていると思います。だけど、皆が皆遊んでしまうと収集がつかなくなってしまうので、物語の軸となる主人公役の伊澤さんには逆に「遊ばないでくれ」と指示を出したりしました。

─映画のハイライトシーンの一つである女幽霊と殺人鬼の一騎打ちは、格闘技ファンの間では有名なあの一戦の再現という事ですが?

宇賀那:あれは大好きだった「PRIDE」の高山対ドン・フライ戦の再現ですね(笑)。当時「PRIDE」がなくなってしまって哀しかったので、映画の中で再現したいと思ったんです。ちなみに「発狂」のCGと編集は実際に「PRIDE」のCGをやっていたスタッフにお願いしました。そう言えば僕自身撮影後に知ったんですが、このシーンには面白い逸話があるんですよ。撮影の前、僕は演技の参考資料として女幽霊役の菊地明香さんと殺人鬼役の板橋春樹君に高山対ドン・フライ戦のDVDを渡していたんです。その時、僕が思い描いていたのは殴り合いのシーンの再現だけだったんですが、菊地さんは完コピするんだと勘違いして試合を頭から終わりまで全部覚えてたらしいんです(笑)。途中で勘違いだと気付いて本番は予定通り殴り合いのシーンのみ撮ったんですが、もし撮影前に僕がその事を知っていたら完コピ版の方を採用していたかもしれません(笑)。

─それは…ぜひ観たかったですね(笑)

宇賀那:ええ、本当に残念です。もしそのシーンが撮れていたら幻の「発狂 ディレクターズ・カット版」が生まれていたかも(笑)。


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理由を求めなければ日本でもいろんなホラー映画が作れる


─そして、その一騎打ちの後に起こる謎のゾンビ化現象(笑)。この畳み掛けるような感じ、堪りませんね


宇賀那:破綻してますよね(笑)。でも、その破綻している感じがいいかなぁと。それこそケータイ小説だって物語としては破綻している訳ですからね。そんな元から壊れているもののアンチテーゼとして生まれた映画なんだからもう何でもありなんです(笑)。そもそも火葬の国である日本にゾンビが登場するってこと自体おかしいですからね。まぁその件に関しては日本でホラーをやるという難しさにも繋がる問題だとは思いますが…。

─その難しさとはどういった事でしょうか?

宇賀那:日本ってホラーのイメージが強い割にホラーという物が根付き難い土壌があるんですよ。ドラキュラやフランケンシュタイン、魔女、悪魔は西洋の昔話が元になっているので日本人には馴染みが薄いし、食人族も第二次世界大戦の記憶からか日本ではタブーの意識が強く、一般化しにくい。となると、殺人鬼か幽霊が選択肢として残される訳ですが、現在メジャーになっている殺人鬼の誕生の理由のほとんどが、キリスト教の姦通罪という考えを根底にしているんです。例えば、ジェイソンはクリスタルレイクで溺れている時に周りのカップルがいちゃついているのに腹を立てて殺人を犯しますし、「ハロウィン」のマイケル・マイヤースも最初の登場シーンはSEX中なんですよ。姉のSEXに対する恐怖心が彼を殺人鬼にしたという説もあるくらいです。ようするに日本でホラーをやろうとしたらサイコか幽霊しか成立しないんです。だけど、サイコは90年代に流行りすぎて時代遅れ感が否めませんし、幽霊も近年のJホラーに正攻法で勝てるとは思えません。「じゃあ、今の日本でホラーは何もできないのか?」となりますよね? でも、よくよく考えてみるとできない理由というのは“理由を求めるから”という一点だけなんです。じゃあそんなもの全部取っ払ってしまえばいいじゃないかと。「発狂」はそういった開き直りから生まれた映画でもあるんですよ。

─なるほど。勉強になります。映画のラストにはホラーの名作「悪魔のいけにえ」を彷佛とさせるチェーンソーのシーンがありますね。強烈な印象を残すシーンですが、このシーンはどのようにして撮られたのでしょうか?

宇賀那:あのシーンは当初の予定ではチェーンソーのスイッチを入れるだけだったんです。でも、殺人鬼役の板橋君が「チェーンソーをつけて振り回したほうがいいんじゃない?」と言ってくれて。僕の方は「その言葉待ってました!」という感じだったんですけどね(笑)。それで、いざ撮影を始めてみたらチェーンソーの刃が飛んでしまうというトラブルが発生して。でも、ラッキーな事に撮影場所の管理人がいろんな映画の助監督をやられている方で「直せるよ」という事になったんです。それで修理してもらえたんですが、完全に直った訳ではなくて危険な状態だったので、一応板橋君に意思確認してみたんです。そうしたら彼は「絶対やる」と言ってくれて。その後は映画を観たら分かる通り物凄い気迫で演じてくれました。役に入り込み過ぎてカットの声が掛かっても演技を止めなかったので無理矢理止めたほどです。余談ですが、板橋君はこの役をやる事が決まってから初めて「悪魔のいけにえ」を観たんです。そして、すっかりファンになってしまって、今では「悪魔のいけにえ」のTシャツしか着ていません(笑)。


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他の人が目を向けない疎まれる存在を優しい眼差しで見据えていきたい


─宇賀那さんは今度どんな映画監督になっていきたいですか?

宇賀那:自主映画や商業映画に拘る事なく、映画を撮っていけたらと思います。僕は自分の事を才能がある人間だと思ってません。飛び抜けて才能がある人というのは、万民には理解できない天才的な発想とか拘りとかが邪魔して逆に映画が撮れなかったりすると思うんですけど、僕の発想は一般の観客に近い。逆にそういった普通の感覚を武器に映画を作っていけたらと思っています。後、僕はファンタジーの要素が盛り込まれた作品を作るのが得意なので、それを活かした作品を撮っていきたいですね。話は変わりますが、僕は自主映画だからこれは駄目、商業映画だからこれは駄目という事はないと思ってるんです。やる側が意識的に線引きしちゃってるだけで、本来ならどちらも何だってできるはずなんですよ。ただ単に商業映画には利益を求めようとするクライアントがいて、なかなか企画が通らないってだけで。僕は商業映画で通らなかった企画は自主で撮るといった柔軟なスタンスで、映画を撮るという行為を楽しみながら面白い作品を作っていきたいですね。

─宇賀那さんに影響を与えた映画を三作品だけ挙げるとしたら何ですか?

宇賀那:そうですね…(熟考)。チャップリンの「街の灯り」、フランク・キャプラの「素晴らしき哉、人生!」、石井裕也監督の「ばけもの模様」ですね。特に「ばけもの?」には本当に衝撃を受けました。そもそも石井さんの作品に関しては初長編の「剥き出しにっぽん」を観たときから「凄いな」と思っていたんですが、「ばけもの?」を観て「あ、この人はこんな所まで行っちゃってる人なんだ」と打ちのめされたんです。今、僕が長編映画に力を注いでいるのも、その時刺激を受けて「僕も長編をしっかりやっていかないと」と思った事がきっかけなんですよ。

─今挙げていただいた三作品に共通してあるものって何だと思いますか?

宇賀那:誠実に映画と向き合い、優しい眼差しで人間を描いている所だと思います。これは僕の好きな映画に共通してある部分であり、自分が映画を撮る上で常に目指している事でもあります。「発狂」は方法論に乗っかって撮った作品なのでそこからは少し外れてしまうかもしれないですが、それ以降はずっと人間を描くという事を念頭に置いて作品を作っています。人間…僕の場合は特にフリークスですね。他の人が目を向けない疎まれる存在を優しい眼差しで見据えていきたいんです。

─それでは長々とありがとうございました。今後のご活躍を期待しています

宇賀那:こちらこそありがとうございました。これからもたくさんの人達に共感してもらえるような面白い作品を作っていきたいと思っているので、期待して待っていて下さい!

 

 

映画監督・俳優 宇賀那健一公式ウェブサイト